札幌家庭裁判所 昭和56年(家)4107号 審判 1982年1月11日
申立人 前田美江
主文
申立人の氏「前田」を「カーペンター」に変更することを許可する。
理由
第一申立人は、主文と同旨の審判を求め、その事由として、申立人は、昭和五四年八月二二日、アメリカ合衆国の国籍を有するジエイムス・サム・カーペンターと婚姻し、それ以降は、氏として「カーペンター」を使用し、アメリカ合衆国発行の、いわゆるグリーンカード(エイリエン レジストレイシヨン レシート カード)等にも、その旨記載されており、昭和五六年九月、夫であるサムと共に日本へ帰国してきたが、日常生活のうえで、申立人の氏が「カーペンター」でないため、種々のトラブルや混乱が生じているので、これを回避するため、本件申立に及んだものである、と述べた。
第二筆頭者前田治次、同前田美江の各戸籍謄本、デンマーク国官署作成の婚姻登録証明書、日本国外務大臣作成の申立人に対するパスポート(旅券)、アメリカ合衆国発行の申立人に対するいわゆるグリーンカード、日本国警察庁刑事局鑑識課長作成の申立人に犯罪経歴なき旨の証明書、札幌市(○区役所扱)作成の国民健康保険被保険者証、及び申立人並びにジエイムス・サム・カーペンターに対する当裁判所の各審問の結果によれば、次のような事実が認められる。
1 申立人は、本籍地の北海道○○町で、父前田治次・母トキの二女として出生して成長し、昭和四六年三月、○○○○高校を卒業して、間もなく、単身でイギリスに渡つて、英会話の勉強に励み、昭和四八年三月ごろ、日本へ帰国し、札幌市内等の英会話学校で先生として勤務していた。
2 昭和五一年三月、申立人は、札幌市内の英会話の学校で、事務員として働いていたとき、同学校で英会話の講師をしていた。アメリカ合衆国の国籍を有するジエイムス・サム・カーペンター(西暦一九五〇年(昭和二五年)一〇月二三日生)と知り合つた。
同人は、アメリカ合衆国ミシガン州のポート・ヒユーロン市の出身で、西暦一九七〇年(昭和四五年)に、私立の○○○○○・ユニバーシテイ(国際政治、経済学を専攻)を卒業したうえ、当時、デンマーク国の○○○○○○○大学に学生としての籍をも置いて、研究に励んでいた身で、また、もともと東洋史に関して強い興味を抱いていたことから、昭和四八年一一月、日本へやつて来たものである。
3 ところで、ジエイムス・サム・カーペンターは、○○○○○○○大学の新学期が、昭和五三年九月に始まることから、そのころ申立人を連れ立つて、デンマーク国へ行き、同所で勉学に励みながら、アルバイトで生活をしているうち、お互いに結婚する気持になつて、婚約が整い、申立人とジエイムス・サム・カーペンターは、翌昭和五四年(西暦一九七九年)八月二二日、デンマーク国の首都コペンハーゲン市に於て、同国の方式に従つて婚姻し、その旨の届書をコペンハーゲン市へ提出して、それ以降、申立人は、夫サムの氏に従い、すべて自己の氏名を「カーペンター美江」と呼称して、コペンハーゲン市等での家庭生活や、夫であるサムの両親の住所地へ旅行に出かけたとき等においても、一貫して「カーペンター」の氏を使用してきたもので、昭和五三年三月二四日発行の申立人に対する旅券(日本国発行)にも、その氏名欄に「ヨシエマエダ(ヨシエ カーペンター)」と記載されており、アメリカ合衆国発行の申立人に対する、いわゆるグリーンカードにも、その氏名に「カーペンター ヨシエ」と明記されている。
4 ところが、申立人は、夫であるサムが、東洋史ことに日本史に興味を覚え、その研究を続けており、○○○○○○○大学の修士論文の課題として、これを取り上げたことから、日本で研究を続けるのが効果的であると考えて、昭和五六年九月三日、夫サムとともに、日本へ帰国し、札幌市内の肩書住所地で居住することとなつた。
5 そこで、申立人は、転居に伴なう住民登録手続等のため、札幌市○区役所などへ赴いたときや、町内会との関係で、夫サムと氏が異なるため、夫サムの妻でありながら、内縁関係のようなことが指摘され、そのたび毎に、不愉快な思いをし、外国人の夫と結婚している旨等を、説明させられることが多く、日本における日常生活上、広範囲にわたり、種々の支障をきたしており、また、将来、二人の間に子供が生まれたときのことをも考えて、本件を申立てたうえ、これに要する前提の手続として、昭和五六年一二月一七日、本籍地の北海道石狩郡○○町へ、自己の分籍届を提出し、申立人が戸籍の筆頭者となつたものである。
6 なお、申立人は、現時点では、夫であるサムと共に日本で永住する気持であり、一方、夫のサムも、昭和五七年春ごろまでに、日本史に関する修士論文を完成させ、これを○○○○○○○大学へ提出した後、日本でその知識を生かせ得るようなところへ就職して、引き続いて日本に滞在したい意向である。
第三一般に、日本人である女性が、外国人である男性と婚姻した場合、妻がどのような氏を称するかについての準拠法を考えるに、氏の問題は、もともと人の独立の人格権たる氏名権の問題で、本人の属人性によるものとして、婚姻の本質的効力でないとする見解もあるが、しかし、氏の変動が本人の意思によらない場合、すなわち婚姻といつた身分の変動によつて生じる場合には、これを婚姻の効力として論ずるよりほかないというべきであるから、その原因となつた身分関係の効力の準拠法によることが妥当と考えられる。
そうだとすれば、申立人は、前記認定事実のように、アメリカ合衆国の国籍を有する夫サムと、法律上の婚姻をしているのであるから、法例第一四条により、妻である申立人がいかなる氏を称するかは、夫であるジエイムス・サム・カーペンターの本国法であるアメリカ合衆国(ミシガン州)の法律に準拠すべきものである。
第四ところで、調査したところのアメリカ合衆国(ミシガン州)の法律によれば、通常、妻は婚姻によつて夫の氏を称するようであるから、本件の申立人は、夫の氏「カーペンター」を称すべきこととなる。
しかし、本件のように、外国人の夫と婚姻した場合であつても、申立人は、日本の国籍を失うものではないから、我が国の戸籍法では、申立人に関する戸籍の身分事項欄に、外国人の夫と婚姻した旨が記載されるにとどまり、勿論、申立人夫婦について、独立の戸籍が新たに編製されることもないわけである。
すなわち、我が国の戸籍法は、我が国の民法の規定する氏に従つて、戸籍の取り扱いをすることとしているため、本件のように、申立人について、アメリカ合衆国(ミシガン州)の法律に基づく、氏の変動を何ら顧慮することなく、戸籍上の処理がなされているため、申立人は、前記の外国法によつて、米国の国籍を有する夫の氏「カーペンター」を称する場合であつても、我が国の民法上の氏には変更がないから、婚姻前の氏である「前田」を称するほかないのである。
第五その結果、申立人は、婚姻後、夫の氏「カーペンター」を、一貫して使用して、これが定着しているのに、これと異なる氏である「前田」の呼称を強いられることとなり、かつ、これにより、前記認定事実のように、実際の日常生活上で、申立人が種々の不利益や、精神的苦痛を受けており、これらのことは、氏の変更の要件である、戸籍法第一〇七条第一項所定の「やむを得ない事由」に該当する諸事情であると判断して、本件申立を認容することとし、主文のとおり審判する。
(家事審判官 野口頼夫)